大石蔵人之助の雲をつかむような話

株式会社サーバーワークス 代表取締役社長 大石良

レーダーの歴史に見るAWS vs 国産クラウド

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こんにちは、大石です。

先日某誌の記者さんから、こんな質問を受けました。

 

「Amazon Web Servicesは、システムを開発する基盤としてどのような設計方針、思想でつくられたプラットフォームと言えますか?」
これについて、こんな感じで私の思うことを述べさせて頂きました。
思想を一頃で言うとリーンスタートアップ
S3, SQS, EC2, SimpleDBなど初期にリリースされたサービスのラインアップを見れば、「eコマースを実現するために、自分たちで使ってきたものをサービスとして出したんだな」と感じます。その時点ではコンセプトを世の中に問うてみた、という色彩が強かったように思います。
それがうまくいくとみるや、Amazon.comが本でやったことと同じように「大量に在庫を抱えて、どこよりも早くデリバリーする」ということをコンピューターの世界でもリピートしてしまったというところに凄みを感じます。まさにリーンスタートアップを地で行っていると思います。
 
設計としては「SOAのリベンジ」だと思います。
2000年代中頃にエンタープライズ領域で非常にもてはやされた言葉ですが、結局成功しなかった。思想はすばらしかったのですが、コンポーネントをサービスとして疎結合するためには、1企業では抽象化するコストが回収できなかったのだと思います。
それが、AWSくらいのスケールだと回収可能になる。1社では実現しきれなかったSOAという夢を、AWSが、AWSと顧客企業という生態系の中で初めて実現した。壮大なSOAのリベンジだと認識しています。
 
運用方針としては「レーダー」に似ているな、と。
日本は太平洋戦争時に、「レーダーをはじめとする科学技術が劣っていた」とよく言われますが、実は八木アンテナをはじめ優れた無線の技術は持っていた。ところが、運用がついてこなかったらしいんですね。レーダーなんて飛行機に搭載されても、現場で操縦士が「邪魔だ」といって取ってしまったり、船上レーダーで機影を捕捉できても通信ができないから連絡できない。システムとしてのレーダーが機能していなかったらしいのです。
それに対して米軍は、レーダーを船に乗せるのはもちろん、技術者まで一緒に乗せたそうです。それで実際の運用の現場を見せて、どうなればもっと良くなるのか軍人と技術者が一緒に考えた。これはまさに、Amazon.comがeコマースのプラットフォームを全てAWSに乗せて、運用しながら改善するプロセスと酷似しています。
対して、日本のクラウド事業者で「自社のシステムを全部自社のクラウドに乗せました」という話は聞いたことがありません。経営者がそんなリスクは取れないと思っているんだと思います。自分たちが使っていないモノを現場が本気で売れるわけがない。私たちが(企業規模は小さくても)AWSの分野でそれなりにプレゼンスを高められているのは、全部自分たちのシステム、自社のサービスをAWSで運用しているという経験があるから、実体験をもって語れるという部分が非常に大きいと思います。
 
こんな話をさせて頂きました。
 
クラウドの成否は、規模の経済が作用するか否かにかかっています。規模が小さければ勝てない。
太平洋戦争開始時、あらゆる面で規模が劣っていた日本が勝てる見込みなどなかった。でも「奇襲ならなんとかなるかも」そうした甘い見通しが、破滅的な戦争を招いてしまった。
レーダーのエピソードが教える「技術を成熟させるプロセス」も、現代の企業が戦争から何かを学んだ形跡があるようには思えません。
エンジニア、スーツ族問わず、私たちはこうした歴史にもっと目を向けるべきだと思います。
そこから学んで、私たちが何をすべきか、もっと真剣に考えるべきだ。
 
野中郁次郎先生の「失敗の本質」を読み、そのような思いを新たにした次第です。